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イタリア

2021年12月 3日 (金)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(9)カターニア中央駅そばのバスターミナルからバスでシラクーサに向かう。

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「パスティチェリア・サヴィア」“Pasticceria Savia”でアランチーニを食べて、歩いてカターニア中央駅を目指す。ステシコロ広場のヴィンチェンツォ・ベッリーニ像ともお別れ。次にカターニアに来ることがあったら、もっとベッリーニのことを勉強してきます。

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あれ?シチリア大通り“Corso Sicilia”にメトロの駅“Stesicoro”がある。私の持っている「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-15」の地図にはメトロなんてないので、最近できたのかも知れない。なにしろ、この地球の歩き方は2015年にマテーラとアルベロベッロに行くときに買ったものだから情報が古いのかも。この地球の歩き方は、2016年にマルタにも行っているし、今回の「春のシチリア紀行」で3回も使われており、かなり有効活用されている。

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ヨーロッパのコンクリート建築って、ちょっと好きだったりする。

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私の乗っている3ドアのプジョー208は、ヨーロッパでもなかなか見かけない。

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カターニア中央駅まで続くこの空き地はなんだろう?

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最初に町があって、近代になって後から鉄道が引かれたので、鉄道駅は町外れにあることが多い。それにしても、駅に近づくにつれて、町外れの雰囲気になるのが不思議。

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ようやくバスターミナルに到着。切符を買いに行くことにする。

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泊まっているリゼェールホテル“Rigel Hotel”は2階建ての小さなホテル。

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ホテルの前の道路を渡るとバスのチケットセンター。

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パレルモ行きはSRISの運行なので、こちらが切符売り場。私の旅は行き当たりばったりで、明日、パレルモに行く時間は決めていなかったんだけど、カターニア観光は半日で済んでしまい、シラクーサへも今日の午後に行けそうなので、明日はこれ以上カターニアにいても仕方がないので、朝8:00出発のバスでパレルモに向かうことにする。明日の切符を事前に購入することにする。パレルモまでは14ユーロで所要時間は2時間40分で10:40に到着予定。

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シラクーサ行きのバスはインターバスの運行。シラクーサまでは5.9ユーロ。

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バスのチケットを買って、すでに今朝、下見をしたバスターミナルに戻ってくる。

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13:00出発のバスを待つ。シラクーサ行きは30分に1本出ている。

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青いバスが近づいてきた。このバスがシラクーサ行きかなぁ?

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シラクーサ行きのバスの乗客は私を入れて4名程度。

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十分すぎるほどのソーシャルディスタンス。

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カターニア中央駅前のバスターミナルを出発すると、線路沿いの道を走る。カターニアの聖アガタ大聖堂(ドゥオーモ)“Cattedrale di Sant'Agata”のクーポラが見える。

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旧市街のドゥオーモのすぐ裏側の広場“Piazza Paolo Borsellino”にバス停がある。

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うーん、事前にバスのルートをちゃんと調べておけば、ここから乗ればよかったわけで、わざわざ町外れのカターニア中央駅まで歩いて戻らなくてもよかったのかも。

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ロータリーの中央に飛行機が展示されている。

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バスはカターニア・フォンターナロッサ空港を経由してシラクーサに向かうみたい。

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昨日乗った、空港バス“ALIBUS”が見える。

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空港を出ると高速道路に入り、シラクーサにむけてバスは南下する。

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この路線は、カターニアからシラクーサに向かう乗客よりも、空港からシラクーサに向かう乗客の方が多いみたいで、出発時よりもだいぶ乗客が増えており、空港から乗ってきた乗客の中にイタリア北部から来た乗客がいるんではないかという不安を感じてしまう。まぁ、乗客が増えたとは言っても、半分も乗っていないんだけど。

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どんな作物が栽培されているのかなぁ?

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岩山が見える。このあたりはあまり作物の栽培には向かない土地なんだろうなぁ。

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バスはシラクーサ市街に入ってくる。車窓から見える近代的な建築物はマドンナ・デッレ・ラクリメの聖所記念堂(涙の聖母教会)“Basilica Santuario Madonna delle Lacrime”。名前の通り、1953年にマリア像が涙を流すという奇跡が起きた。そのマリア像のために聖域が建設され、1994年に鉄筋コンクリート製の教会が完成した。

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シラクーサのバスターミナルがあるのかと思ったら、バスの終点はフォロ・シラクサーノ“Parco del Foro Siracusano”。名前の通り、この場所は古代ギリシャ時代のアゴラ、そして古代ローマ時代のフォロと呼ばれる広場だったんだろうなぁ。バスを降りて、シラクーサの町を歩き始める。

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2021年11月30日 (火)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(8)お昼ごはんは、カターニアのカフェ「パスティチェリア・サヴィア」“Pasticceria Savia”の絶品アランチーニ。

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まっすぐ伸びるエトネア通りを歩き続けると、樹木に囲まれた場所に着く。この場所がベッリーニ公園“Villa Bellini”。

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かつては貴族の私有庭園だった庭園を1854年に市民公園として買い取られ、カターニア生まれのオペラ作曲家、ヴィンチェンツォ・ベッリーニ“Vincenzo Bellini”の名を取り、ベッリーニ公園 “Villa Bellini”と名づけられた。

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そもそも地中海のど真ん中にあるシチリア島は、地中海性気候で温暖なんだと思うけど、南国の雰囲気を感じる。

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花壇には花が咲いている。

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花の名前に疎い私でも、さすがにこれはストレチアだとわかる。

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丘の上まで上ってみることにする。

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噴水の奥には花時計。

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2020年3月“MARZO 2020”と植えられているけど、毎月、植え替えるんだろうなぁ。

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丘の上まであがってみるけど、のどかな公園。

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カターニアの町を一望できるほどの高さはないみたいだけど、周囲に人がいないので大きく深呼吸すると気持ちが落ち着いてくる。だいぶ、いつも通りの旅行の感覚にもどってきているなぁ。

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「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-15」を見ながらのカターニア観光スポット巡りはこれで終了。カターニアでお昼ごはんを食べて、午後はバスに乗ってタオルミーナかシラクーサに行ってみることにする。まだこの時点でもタオルミーナに行くべきか、シラクーサに行くべきかを決めてない。

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午後はバスに乗って出かけることにしたので、お昼ごはんはちゃんとしたレストランだとイタリアでは時間がかかるので、カフェで軽く済ませることにする。ベッリーニ公園の目の前にあり、「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-15」にも掲載されている「パスティチェリア・サヴィア」“Pasticceria Savia”に入ってみることにする。

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アランチーニ“Arancinu”には、ミートソース、カタネーゼ(ナス)、バター、プロシュート、ほうれん草、ピスタチオなどの種類がある。すべて2.2ユーロ。時間がないからレストランで食べないというよりも、シチリア島でアランチーニを食べたい!という気持ちの方が大きいかも。カターニアではスペルが“Arancinu”になっているので、アランチーヌという発音なのかなぁ?

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そして、シチリア島で食べたかったのはリコッタチーズの入ったカンノーロ。隣にあるお菓子“Cassatelle”は、おっぱいに見えるんだけど、ここでもカターニア観光のキーワードである、カターニアの守護聖人である聖アガタが出てくることになる。

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正式名称は“Cassatella di sant'Agata”と呼ばれ、胸を切断された聖アガタにちなんだお菓子。本当はカターニアに来たらカンノーロではなく、これを食べるべきだったかも。

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着席すると注文を聞きに来る。

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シチリア島に来て初めてのお昼ごはんは、ラグー(ミートソース)のアランチーニと、ほうれん草のアランチーニ。そして、カンノーロ。アランチャロッソのスプレムータ。

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まず、アランチャロッソのスプレムータが最高に美味しい。シチリア島に来たからには、これを飲まなくちゃ。

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まずはラグーのアランチーニ“Arancinu al Ragù”を食べてみる。

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ミートソースとチーズで最高に美味しい。アランチーニってこんなに美味しいんだ。

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そして、緑がかった色をしている、ほうれん草のアランチーニ“Arancinu al Spinaci”。

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これも美味しい。レストランでちゃんとした料理を食べなくても、軽食のアランチーニだけで幸せな気分。私はいつも旅程が短いので、短い旅程の中で美味しいものを食べようと思ってレストランに入ることが多いんだけど、現地の人が普通に食べている軽食をもっと注目すべきかもしれないなぁと最近は感じている。それにしても、このお店のアランチーニは感動的に美味しい。気持ちとしては、もっと食べたいんだけど、おにぎりのようなものなので、2個でおなかいっぱい。

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そして、リコッタチーズを詰めたカンノーロが美味しい。

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「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-15」にも掲載されている「パスティチェリア・サヴィア」“Pasticceria Savia”が当たりのお店なのかもしれないなぁ。

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カフェで「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-15」を見て検討した結果、午後はカターニア中央駅前からバスに乗ってシラクーサに行ってみることにする。

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シラクーサ行きのバスに乗るために旧市街からカターニア中央駅に向かって、歩き始める。

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2021年11月26日 (金)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(7)カターニアのバロック様式の教会群。

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ロトンダ浴場から坂を下るとクロチーフェリ通り“Via Crociferi”に出る。この通りは、「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-15」にも掲載されているスポットで、「バロック様式の趣のある通り」。地球の歩き方に掲載されているカターニアの観光スポットは少ないので、数少ない必見スポット。

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ガイドツアーのグループがいるので、この建物は必見スポットに違いない。

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このクロチーフェリ通りにはバロック様式の教会が並んでいる。まぁ、言うまでもなく、もう年号を暗記してしまっているんだけど、カターニア観光のキーワードである1669年のエトナ山の噴火、1693年のヴァル・ディ・ノート大地震によりカターニアの町は壊滅的な被害を受けて、その後に再建されたものなので、その時代の建築様式であるバロック様式の建物が並ぶことになる。

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このあたりは地震の後で区画整理されたのか路地の風景も整然としている。

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手前側の教会はサン・ベネデット教会“Chiesa di San Benedetto”で、地震後の18世紀に再建された。ファサードの装飾が美しい。

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路地を挟んでサン・フランチェスコ・ボルジア教会“Chiesa di San Francesco Borgia”が建つ。2本の大理石の柱が印象的。

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振り返ると、クロチーフェリ通りにはアーチ“Arco di San Benedetto”が架かっている。

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アーチの反対側の建物はサン・ベネデット修道院“Monastero di San Benedetto”の入口。もちろん、地震後に建てられた建物だけど、雰囲気がかわいらしい。

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本当はもっとクロチーフェリ通りをまっすぐ進んでサン・ジュリアーノ教会“Chiesa di San Giuliano”も見るべきだったかも知れないけど、クロチーフェリ通りの雰囲気に満足してしまい、私の町歩きは行き当たりばったりで事前に調べていないので、途中でUターンしてしまう。クロチーフェリ通りを下ると小さな広場“Piazza San Francesco d'Assisi”に出る。中央には、アッシジの聖フランチェスコではなくジュゼッペ・ベネデット・ダスメット像“Statua Cardinale Beato Dusmet”が立つ。

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広場には、広場の名前の由来である教会“Chiesa di San Francesco d’Assisi all’Immacolata”が建っている。

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巨大な壁掛けが目にとまり、ドゥオーモ広場の手前にあるおみやげ物屋さんでふと足を止める。

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プリントだろうけど小さなお皿が1ユーロ。

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もしも私が買うんだったら、2.5ユーロだけどイスラム文化っぽい幾何学模様のほうがいいかも。まぁ、見るだけで買わないんだけど…。

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これはなんだろう?3月だからイースターエッグなのかなぁ?

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シチリア島のシンボルであるトリナクリア“Trinacria”の中央は、ギリシア神話に出てくるメデューサなので、髪の毛がヘビのメデューサの壁掛けが売られている。

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トリナクリア“Trinacria”は3本の足の意味で、シチリア島の3つの岬(メッシーナ、マルサーラ、パキーノ)を意味している。中央の顔がメデューサで翼が生えている。3本の足はシュールで、私は西国分寺の「にしこくん」を思い出してしまう。

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このトリナクリアは、メデューサの髪の毛には麦の穂が編み込まれている。

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ドゥオーモ広場に戻ってくる。もともと、建物を見るのが好きで美術館や博物館への入場観光はしないほうなんだけど、新型コロナウイルス感染症を気にしていつも以上に町歩きしかしていないので、午前中だけでカターニア観光が終わってしまいそう。午後は、タオルミーナやシラクーサへの半日観光ができそうな感じ。

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聖アガタ大聖堂(ドゥオーモ)の北側にある聖アガタ修道院教会“Chiesa della Badia di Sant'Agata”は、まだ教会の中に入っていないので入場してみることにする。もはや言うまでもないけど、この教会も1620年に建てられた教会と修道院の廃墟にGiovanni Battista Vaccariniの設計で再建された。

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中に入ると聖八角形の大きなクーポラになっている。

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主祭壇は聖アガタ。そもそも私の旅は行き当たりばったりなので、オンタイムでは気がついていないんだけど、この教会はドームの上に登れてパノラマを楽しめたらしい。

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ベッリーニ公園に向かうためにエトネア通り“Via Etnea”を北上する。今回のカターニアの町歩き、「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-15」では掲載されているスポットは限られているので、最初に観光案内所に行って地図をもらっておくべきだったかもなぁ。

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先ほどは閉まっていた、コッレジャータ教会“Basilica della Collegiata”の門が開いているので教会の中に入ってみることにする。バロック様式の教会を見て回ってきて、このファサードは柱が特徴的なのかも。

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中央の身廊は装飾が美しい。

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天井のフレスコ画に見入ってしまう。

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主祭壇には聖歌隊席“Coro”があり、パイプオルガンが置かれている。

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だけど、私が一番気になったのは、日本で言う「御神輿」であるカンナロリ“cannalori”。毎年2月に行われる聖アガタのお祭り“Festa di sant'Agata”の時は、カンナロリが町を練り歩くのが見られるのかなぁ?もしも、もう1回カターニアに来ることがあったら、聖アガタのお祭りの時に来てみたいなぁ。

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寄り道してしまったけど、最後にベッリーニ公園に向かうためにエトネア通りを北上する。

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2021年11月23日 (火)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(6)エトナ山の溶岩が迫る、カターニアのウルシーノ城へ。

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ドゥオーモ広場からウヅェダ門“Porta Uzeda”を出る。

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カターニアのおもしろいところは、町の中心部であるドゥオーモ広場のすぐそばが市場になっていること。

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鉄道の高架下をくぐるとズッリア通り“Via Zurria”に出る。

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緩やかな坂道になっているプレビシト通り“Via Plebiscito”を上る。このお店はペットショップかなぁ?

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ペット用の鳩が売られている。鳩を飼う人がいるんだろうなぁ。

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小鳥も売られている。この小鳥はなんだろう?

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歩いて行くとウルシーノ城“Castello Ursino”が見えてきた。

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ウルシーノ城は13世紀にフリードリヒ2世“FriedrichⅡ”(フェデリーコ2世“Federico II di Svevia”)によって建てられた。建築当時は海を見渡す崖の上にあったとされるが、今回のカターニアの町歩きでのキーワードである1669年のエトナ山の大噴火および1693年のヴァル・ディ・ノート大地震により、海から1キロも内陸になった。1669年の地震で倒壊しなかったカターニアでは数少ない建物。

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内部は市立博物館となっている。私は絵画などの美術品よりもローマ時代のモザイクを見るほうが好き。

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この展示はなんだろう?

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今回のカターニアの町歩きで、エトナ山の大噴火と大地震に、もうひとつのキーワードである、カターニアの守護聖人である聖アガタ“Sant'Agata”の名前を聞かないことはない。おそらく、これは、拷問を受け、乳房を切り取られたことを表しているんだろうなぁ。

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聖アガタが乳房を切り取られた流れで、この絵を見ると、男性は股間にどのような手術をされているんだろうと想像してしまう。説明文のイタリア語をちゃんと読めば、きっと聖アガタとは関係ないんだと思うけど。

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かつては城塞都市だったことがわかる。

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城塞都市カターニアの左下に見える要塞がウルシーノ城で、かつては海がすぐそばにあった。ウルシーノ城は、市立博物館であり、私が通路を見逃したのかも知れないけど、屋上に出られないのが残念。

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かつてのウルシーノ城のお堀に1669年のエトナ山の大噴火の際の溶岩が残っている。こんなに町中までエトナ山の溶岩が流れ込んだということ。

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奥に見えるのは、ウルシーノ城近くのマラヴィニャ広場“Piazza Maravigna”に建つ小さな教会“Chiesa di San Giuseppe al Transito”は、1693年の大地震後に建てられたバロック様式の教会。まぁ、私はシトロエンC1がかわいくて写真に撮ったんだけど。Aセグメントのこのクルマは、基本的にはトヨタの設計でダイハツのエンジンを積み、チェコで製造されている。そして残念ながらトヨタとプジョーやシトロエンとの提携が途切れてしまい、プジョーやシトロエンからは後継のクルマは出ず、後継のクルマはトヨタ単独でアイゴX“AigoX”となる。

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「地球の歩き方南イタリアとマルタ」に掲載されている数少ない紹介スポットであるサン・ニコロ教会“Chiesa di San Nicolò l'Arena”を目指して坂道をあがる。

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ふと建物のバルコニーが気になってくる。私は以前にマルタに行ってから、独特の出窓が気になっており、その独特の出窓はマルタ独自に発展したのか、周辺の国の文化の影響を受けているのかが気になっており、ついバルコニーを気にしてしまう。そして、もしもマルタの出窓に影響を与えるとすれば、地理的にはシチリア島がもっとも近い。だけど、もしかしたらカターニアは大地震後の18世紀以降に再建されたバロックの町なので、建築が新しいのかも。

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マルタの出窓は、バルコニー全体が覆われて部屋のようになっているので、カターニアのバルコニーの風景とも少し異なる。以前に私が訪れた町の中ではスペインバスク地方のビルバオの出窓が一番、似ていたかもなぁ。うーん、こうなってくると出窓はマルタで独自に発展したものと考えるべきかなぁ?

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坂をあがった丘の上にサン・ニコロ教会のクーポラが見えてきた。

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サン・ニコロ教会のファサードは未完成。今回のカターニア観光のキーワードとなっている1669年のエトナ山の大噴火ののちにサン・ニコロ修道院の修復と同時に建築が始まったんだけど、1693年の大地震によって工事が中断されており、今も完成図が想像できないほど未完成。

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教会の中に入ると主祭壇の奥はパイプオルガン。

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このサン・ニコロ教会で、事前に詳しく調べずにインプレッション勝負で町を歩く私が気になったものは、この3つ並んだオブジェ。私は「なんだろう?」と気になってしまうと、それが有名であろうが、なかろうが立ち止まらずにはいられない。反面、重要な観光名所を見落とすことも少なからずあるんだけど…。

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台車に載せられている美しいオブジェ。天使の装飾がかわいらしい。

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こちらのオブジェには、2本の担ぎ棒がある。ということは、カンナロリ“cannalori”と呼ばれるこのオブジェは、日本で言う「御神輿」ということ?たぶん、御神輿の背が高くてバランスが悪く、なおかつ担ぎ棒が短すぎて、かつぐにはかなりバランスが取りづらそう。たぶん、日本のお祭りみたいに「わっしょい」と揺らしながら練り歩くんじゃないと思うけど。帰国後に調べてみると、このカンナロリ“cannalori”は、毎年2月に行われる、聖アガタのお祭り“Festa di sant'Agata”に登場するみたい。ここでももう一つのキーワードである「聖アガタ」が出てくる。

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サン・ニコロ修道院は見学せずに、地球の歩き方南イタリアとマルタに掲載されているスポットであるベッリーニ公園に行ってみることにする。サン・ニコロ教会から坂を下ると、オデオン劇場“Odeon Romano”に出る。

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隣はオデオン劇場よりも規模が大きいロマーノ劇場“Teatro Romano”。実はもう一本、奥の路地に入れば、内部も見学できたみたい。このあたりが、事前に詳細に調べずに、感性が勝負の行き当たりばったりの私の旅の残念なところ。

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こちらはロマーノ劇場。カターニアの町は今回の町歩きのキーワードである1669年のエトナ山の噴火と1693年の大地震で建物は壊滅的なダメージをうけたはずなんだけど、ローマ遺跡が残っているのが不思議な感じ。

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ローマ劇場から近い場所には紀元1世紀から2世紀の間に建てられたロトンダ浴場“Terme della Rotonda”がある。浴場のあとは教会“Basilica di Santa Maria della Rotonda”として使われていたみたい。このドームはいつの時代のものなのかなぁ?1693年の地震後に建てたれたためにバロック様式が多いカターニアだけど、ずっと人が住み続けてきた町らしく、ローマ遺跡がところどころにあるのがおもしろい。

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2021年11月19日 (金)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(5)カターニアのペスケリア “Pescheria” (魚市場)で東洋人に対するコロナ人種差別に遭遇!?

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カターニアのドゥオーモ広場に戻る。

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ドゥオーモ広場の片隅にアメナノの噴水“Fontana dell’Amenano”がある。

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暗渠なのかなぁ?噴水から流れた水は川となって流れている。

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階段を降りると、カターニアの魚市場「ペスケリア」 “Pescheria”がある。今日は雨だからかもしれないけど、そんなに賑わっていない。

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お客さんも少なく、市場の様子を見ていると、お店の若い男性が私の目の前で袖で口を覆う行為をする。でも笑いながらこちらの反応を見ている。あー、中国人と区別できないから東洋人差別にあっているんだろうなぁと思うんだけど、イタリア人ってもともと人懐っこいから、あからさまな差別と言うよりも、ふざけて、からかわれている感じ。

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カタコトのイタリア語で「日本人だよ、中国人じゃないよ」“Sono giapponese.Non (sono)cinese.”と返してみると、まさかの笑顔で打ち解けて終了。うーん、差別と考えれば差別だけど、ただ遊ばれているだけと言えば遊ばれているだけ。ボケとツッコミみたいな感じで、「日本人だよ」と言う前に「あんたはミラネーゼ?」と逆にこちらから口元を覆う仕草をして返せばよかったかなぁ?けっきょく、お別れ時には手を振り合って別れるというフレンドリーなムードになったので、差別と言うよりも、からかいたいというイタリア人特有の人懐っこさのほうが強いのかなぁ?

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これはシャコ。混雑しているとスリも警戒しなくちゃならないんだけど、今日はお客さんが少ない。まぁ、そもそもオープンエアの屋外だけど、人が密集していないということは、感染症予防としても安心できる。それに、私は世界のどこに行っても、もちろん日本のどこに行っても、その土地でどのようなものが食べられるかを感じることができるメルカート(市場)を見るのが大好き。なかなか楽しそうな魚市場を見て回りたいという好奇心が強くなっている。

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イタリアの魚市場って、小さな魚が売られている。チンクエテッレに行ったときに、シャコや小魚のフリットが最高に美味しかったなぁ。新鮮な魚は、焼くだけとか、フリットにしただけとかの単純な料理方法が私は好き。

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レストランで巡り会ったことはないけど、銀色に輝く太刀魚も食べられているんだ。市場に行くと、どのような魚や野菜が食べられているのかがわかるような気がして、私は大好き。

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小さなアジのような魚。このままフリットにしたら美味しいだろうなぁ。

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イワシや鯛、エビなどが売られているけど、どれも新鮮で美味しそう。

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ボンゴレのスパゲティって、美味しいよなぁ。

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そして、私は大好きで、フランスでもよく食べられている馬刀貝。日本にもいるはずなんだけど、東京では売られているのをほぼ見かけないし、東京では馬刀貝を食べられるお店も少ないかも。

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魚を捌いているのを見ることができるのもおもしろい。

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建物の下の通路にもお店がある。

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シチリア島の名物である大きなカジキマグロ。

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さすがに大きな魚なので切り身にして売られている。

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通路を抜けても魚市場は続いている。最初の広場がどちらかというと小さな魚を扱うお店が多かったのに対して、通路を抜けたところの広場“Piazza Pardo”では大規模なお店でカジキマグロのような大きな魚を売るお店。

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とにかく、カジキマグロから小魚まで、カターニアの魚市場は種類が豊富で、歩いているだけで楽しい。

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鉄道は高架になっており、小さなお店が道の両側に並んでいる。

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このあたりで売られているものは野菜。

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ぶらぶら歩いていると、5人くらいでおしゃべりしているおっちゃんの集団が目に入る。そのうちの一人が、あからさまに私の姿を見て、逃げるようなわざとらしい仕草をする。ところが、他の仲間たちは、笑顔を見せながらジェスチャーで、その逃げたおっちゃんにうしろから抱きついちゃえ!という仕草をする。他のメンバーは、笑いながら、抱きついちゃえ!抱きついちゃえ!という感じなので、さすがに抱きつきはしないけど、仲間たちの期待通り、背後から近づいて驚かすことにする。ここでも話のオチはカタコトのイタリア語である「ソノ ジャポネーゼ」“Sono giapponese”で、「なーんだ、日本人か」とみんなで笑っておしまい。別れ際には、笑顔でおっちゃんたち全員と手を振って別れる。2回も同じような体験をして、私は、南フランスやイタリアにありがちな、人なつっこさによるコミュニケーションだと感じて反応したけど、「差別」と考えるか、人なつっこさと考えるかは評価が分かれるかも。しかし、2回の経験と通して、あくまで差別のターゲットは中国人であり、日本人でなさそうだということはわかった気がする。

でも、実際にオンタイムで感じたことなんだけど、もはや、この段階では危険視すべきは中国人ではなくて、北イタリアからやってきた「イタリア人」なんじゃないかなぁ?私はむしろ、ミラノから来たミラネーゼの方がよほど危険だと思うので避けたいと思うし、実際に避けると思うけどなぁ。シチリア島の人は、いや、まだ他人事だと思っているイタリア中部から南部のイタリア人も含まれるかもしれないけど、まだ新型コロナウイルス感染症は中国で発生して、中国から来た中国人が危険だと思っているんだろうなぁ。それはすでに1ヶ月以上前の話で、中国や中国人に対する偏見や先入観を捨てて、危険なのは、もはや今では中国人ではなくイタリア北部から来た「イタリア人」だと情報を更新しないとまずいことになるような気がする。そして、実際に私が帰国後した少しあとの3月中旬には、危惧した通りにイタリア北部からの拡散が始まり、イタリア全土がかなりまずいことになっていくんだけど。

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魚市場に隣接して、果物や野菜、肉などのお店が並んでおり、ここに来れば、ほぼ何でも手に入る市場になっている。

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ここでも、トマトの色は均一ではなく、グリーンのトマトが混ざっているのがおもしろい。たしかに、青いトマトには青いトマトの味があるので、均一である必要はない。均一ではないから排除する必要はなく、いろいろなトマトがあっていい。

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屋外市場に隣接して、お店を構える商店街がある。

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チーズ屋さん。

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イタリアで見かける三輪自動車が私は大好きで、見かけると間違いなく写真を撮ってしまう。

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ぶらぶら歩いていると、お肉屋さんの集まる通りに出る。

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捌いて肉にするというのがわかるお肉屋さんって、ちょっとおもしろい。

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市場の中にはドリンクスタンドがある。

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アランチャのスプレムータ(生搾りオレンジジュース)が1ユーロなんて安すぎる。私のいつもの旅行に戻りつつあるんだけど、もしもいつもの私だったら、大好きな、大好きなスプレムータ(生搾りオレンジジュース)が1ユーロだったら絶対に飲んでいるはずなのに、この場にお店の人がいないことと、肌寒くて雨だったせいもあるけど、この時に心を躍らせて「飲みたい!」という気持ちなっていない。自分の気持ちの中で、新型コロナウイルス感染症の警戒感、緊張感の影響で、まだ行動に抑制がかかっていたんだろうなぁ。

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2021年11月16日 (火)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(4)カターニアのドゥオーモ広場へ。

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カルロ・アルベルト広場のメルカートで旅の楽しさを感じ、ステシコロ広場に戻ってくる。

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周辺はテッツァーノ宮などの宮殿があるステシコロ広場に、起源2世紀に造られたローマ遺跡の円形闘技場“Anfiteatro Romano”の入口が突如として現れる。柱しかないので全体像がよくわからないんだけど、かつてはローマのコロッセオのような大きな建物だったのかなぁ?

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地表に現れているのは円形競技場のごく一部であることがわかる。かつての円形競技場は建物の下に眠っているのだろう。奥に見えるのはサン・ビアジオ教会“Chiesa San Biagio in Sant'Agata alla Fornace”で、名前の通り、カターニアの守護聖人である聖アガタ“Sant'Agata”が火あぶりの拷問を受けた場所ということだろう。

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案内図を見ると、地表に見える部分はごくわずかしかないけど、かなり大きな円形競技場であることがわかる。円形競技場があるこの場所は、現在では建物が建ち並ぶ旧市街の中心だけど、かつては町外れでネクロポリス(墓地)と隣接していたらしい。

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今度はエトネア通り“Via Etnea”を南下する。カターニアの町は、1669年のエトナ山の噴火と1693年のヴァル・ディ・ノート大地震によって崩壊しており、カターニアの町全体がその後に再建されたもの。エトネア通りも復興後に造られたために、まっすぐに伸びている。

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コッレジャータ教会“Basilica della Collegiata”も1693年の大地震で崩壊し、18世紀初頭に再建されたバロック様式の教会。

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大学広場“Piazza Università”に出る。西側に建つ大学の宮殿“Palazzo dell'Università”も、カターニアの他の建物と同様に1693年の大地震後に再建されたもの。

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反対側の建物はサン・ジュリアーノ宮殿“Palazzo San Giuliano”で、1738年に建てられ、現在は大学の事務局が置かれている。

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大学だからちょっと入ってもいいかと思って、サン・ジュリアーノ宮殿の中庭に入ってみる。

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ローマは “SPQR”(Senatus Populusque Romanus)に対して、カターニアの紋章は“SPQC”(Senatus Populusque Catanensium)。象の上の“A”は、カターニアの守護聖人である聖アガタ“Sant'Agata”を示している。

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直訳すれば、象の宮殿“Palazzo degli Elefanti”で、現在は市庁舎として使われている。この建物も、1693年の大地震後に再建されたもの。

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ようやくカターニアの中心であるドゥオーモ広場“Piazza del Duomo”にたどり着く。カターニアのドゥオーモ“Duomo di Catania”が目の前に見える。

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ドゥオーモ広場の真ん中には象の噴水“Fontana dell'Elefante”。ここはガイドブックの解説があって、黒い象はローマ時代の溶岩で造られており、オベリスクはエジプトから運ばれ、その上にカターニアの守護聖人である聖アガタ像の象徴である椰子の葉の冠とユリの枝が載っている。

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象はリオトル“Liotru”と呼ばれ、カターニアの町のシンボルとなっている。

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ドゥオーモ広場側から見た、象の宮殿。

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今回の「春のシチリア紀行」で初めての入場観光は、カターニアの聖アガタ大聖堂(ドゥオーモ)“Cattedrale di Sant'Agata”。大聖堂はもともと古代ローマのアキリアン浴場の廃墟に11世紀に建設されたが、1169年の地震、そして今回のカターニア観光のキーワードである1693年のヴァル・ディ・ノート大地震により崩壊する。現在の建物は18世紀以降にバロック様式で再建されたもの。ファサードの中央には、聖アガタの大理石像がある。

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内部に入ると静寂に包まれている。

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まっすぐ進み、主祭壇を見上げる。

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教会の椅子に座り、静寂の中で、平穏に旅ができていることを神にいつも以上に感謝する。

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ガイドブックには右側の通路を進むと礼拝堂があるというので、右側の通路を進む。エマヌエーレ・ディ・ジョヴァンニ“Emanuele Di Giovanni”によって書かれたマリアコレデントリス“Maria Corredentrice”は、1961年と20世紀の作品だけど、なぜか心が引かれてこの作品だけ写真に残している。

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ガイドブックによると、ここが聖アガタの礼拝堂“Cappella di Sant'Agata”のはず。

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礼拝堂の内部には入れないけれど、豪華な装飾がされている。

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聖アガタ大聖堂(ドゥオーモ)の脇から外に出る。

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向かいに建つサンアガタ修道院教会“Chiesa della Badia di Sant'Agata”も1693年の地震で崩壊し、再建されたもの。今の時間は門が閉ざされており中には入れない。

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ドゥオーモの周囲を歩き、ドゥオーモ広場に戻る。ガイドブックには載っていない教会や宮殿ばかりだけど、町を歩いているうちにカターニアの守護聖人である聖アガタについて学び、そして1669年のエトナ山の噴火および1693年のヴァル・ディ・ノート大地震によりカターニアの町は壊滅的なダメージを受けており、現在の町の風景はそこから復興した町並みであることを学ぶ。結果的に多くの建築が18世紀に再建されたため、バロック様式の建物が建ち並ぶことになり、バロック建築の町となっている。

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2021年11月12日 (金)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(3)カターニア、カルロ・アルベルト広場のメルカート(市場)。

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「地球の歩き方・南イタリアとマルタ2014-2015」にメルカート(市場)が開かれているという情報が掲載されているカルロ・アルベルト広場“Piazza Carlo Alberto”へ向かうことにする。

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広場の入り口にある小さな教会“Chiesa di San Gaetano alle Grotte”は、最初の教会は263年に建てられたという歴史のある教会。今回のカターニアの町歩きのキーワードである1693年のヴァル・ディ・ノート大地震により倒壊し、現在の建物は1801年に建てられたもの。なにしろガイドブックにも未掲載なので中に入っていないので確認していないんだけど、“Grotte”がフランス語と同じ意味だとしたら「洞窟」の意味で、地下に洞窟があり、聖アガタ“Sant'Agata”の遺骨が収納されていたらしい。

カターニアを観光するにあたって、重要なもう一つのキーワードは「聖アガタ」“Sant'Agata”。これからカターニアの守護聖人である聖アガタ“Sant'Agata”の名前を何度も耳にすることになる。アガタは、カターニアで生まれ、その美しさから支配者であるローマ人に目をつけられるが、敬虔なキリスト教徒であるアガタはそれを拒否する。そのために拷問を受け、乳房を切り取られるが聖ペテロが現れて傷を癒やす。奇跡に恐れを抱かれ、火あぶりの刑にしようとしたときにカターニアに地震が発生し、その後は独房で亡くなる。

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カルロ・アルベルト広場に入る。イタリアに行くと日本の軽自動車よりも小さな三輪自動車をよく見かける。私は三輪車が好きで、見かけるとたいてい写真を撮ってしまう。

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柑橘類の名前がよくわからないけど、小ぶりなオレンジが売られている。その地域でどのようなものが食べられているのか、今の旬の食べ物は何なのかを知ることができる市場(メルカート)を見て歩くのは、私にとって旅行の最大の楽しみ。ガイドブックに載っている観光名所よりも好きかもしれない。

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まずは野菜をチェック。手前にある俵型のトマト。そして、ズッキーニ。なすは大きい。

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日本では見かけないけど、ヨーロッパではよく見かけるカルチョーフィ(アーティチョーク)。

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左側はほうれん草だと思うけど、右側の中国野菜みたいな葉物野菜はなんだろう?

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こんなに大きいのにUNO 1,00なんて安い。

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カルロ・アルベルト広場のメルカートは規模が大きくて歩いていて楽しい。ようやく、いつもの私の旅らしくなってきた。好奇心もいつもの旅行モードに入り、旅の楽しさを感じはじめている。もともと、私の旅行スタイルは、観光名所よりも町を歩いて雰囲気を感じるのが好きなので、基本的に屋外で混雑している場所に行くことは少ない。その意味では、もともとの私の旅行スタイルが、新型コロナウイルス感染症の影響を受けづらいのかも。

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日本のスーパーマーケットの均質な野菜と比べると、様々な大きさや色のトマトが売られているのがおもしろいなぁ。緑色のトマトだって、使いようによっては美味しく食べられるだろうし、それぞれの個性があってもいい気がする。均一性を優先する日本だったら、ここの緑色のトマトは「規格外」ですべて商品価値がないと捨てられそうだけど。このブログのサブタイトルは「新しい価値観を探しに。そして、自分自身の価値観を見つめ直すために」としているんだけど、やっぱり、実際に日本の外に出てみないと、日本の価値観って気がつかない。

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ズッキーニは一山で1ユーロなのかなぁ?

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タロッチ“Tarocchi”と書かれているのは、ブラッディオレンジ。

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ヨーロッパでよく見かけるけど、日本では見かけないフェンネルは “Finocchi”と書かれている。“1 Gruppo”で1ユーロ。

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やっぱり、このメルカートでは不揃いのトマトたちが私のお気に入り。

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ヨーロッパで魚がパック詰めされて売られているのは珍しい気がする。

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シチリア島は地中海にかこまれているので、魚の種類が豊富でおもしろい。

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“Orate”と書かれているのは、フランス語では“Daurade”と呼ばれている、日本の鯛のような魚。

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まるで、生きが良くて、跳ねているように置かれているのがおもしろい。

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切り身で売られている魚はなんだろう?

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以前にチンクエテッレで食べたフリットが美味しかったなぁ。イタリアでもスペインでも、小魚のフライは最高に美味しい。新鮮な魚は単純な料理方法が一番美味しい。

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パチニ通り“Via Pacini”に入るとお肉屋さんなどの食料品を扱う常設のお店が集まっていて賑わっている。

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カルロ・アルベルト広場に面して教会“Basilica Santuario di Maria Santissima Annunziata al Carmine”が建っている。この教会も1693年のヴァル・ディ・ノート大地震後に18世紀に再建されたもの。

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ジェノヴァのメルカートでも感じたことだけど、イタリアって野菜の種類が多くて、見ているだけでも楽しい。

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へぇ、カタツムリ(ルマーケ“Lumache”) が売られている。シチリア島でもカタツムリが食べられているんだなぁ。

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お肉屋さんで売られている生ソーセージのサルシッチャってどうやって食べるのかなぁ?

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スーパーやお肉屋さんでも加工済みの肉しかみないので、レバーなどが並べられているのを見るのはちょっとおもしろい。

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カルロ・アルベルト広場のメルカート、私にとってはものすごく楽しいスポット。ガイドブックに載っている観光名所を巡るよりも市場を見ているほうが私は好き。メルカート巡りをしているうちに、ようやく旅行の楽しみを感じることができてきた。もちろん、旅行スタイルは新型コロナウイルス感染症に留意しなければならないので、今までとまったく同じじゃないけど。

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よく考えてみると、私の旅行スタイルって、屋根がないオープンエアの風景を感じる町歩きが中心なので、密閉空間で人と接することって普段からあまりないかも。シチリア州第2の都市であるカターニアでも人が集まっていると思われるメルカートだって、天気が雨ということもあるのか、混雑していない。

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以前とは異なるルールはあるものの、旅することによって得られる楽しさ、気づきは変わらない。いつもの私の旅らしく、ちょっと寄り道してしまったけど、いよいよガイドブックに掲載されている観光スポットであるカターニアのドゥオーモに向かうことにする。

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2021年11月 9日 (火)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(2)雨のシチリア島、カターニア観光へ。

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イタリアに来てから初めての食事である朝食を食べて、ようやくイタリア旅行の気分。いよいよ、ホテルを出てカターニア観光をスタートする。残念ながら路上は濡れており、まだ傘をさすほどではないんだけど、雨が降っている。

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カターニア中心街とカターニア中央駅は離れており、カターニア中央駅周辺は町外れの普通の住宅街の雰囲気。

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カターニア中央駅からカターニア市街に向かって広大な空き地がある。その空き地の一角にバスターミナルがある。今回の「春のシチリア紀行」では、帰路はパレルモ空港からローマに向かうことにしており、明日はカターニアからパレルモまではバス移動の予定なので、事前にバスターミナルを下見しておくことにする。

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鉄道が不便な地域は、たいていバスの路線網が発達している。

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一番手前がパレルモ行き乗り場。旅行前に調べていた通り、ホテルから徒歩1分という感じ。私のホテル選びはスーツケースの移動を考えて、鉄道駅や空港バスのバス停を考慮することが多い。

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バスの運行会社はSRISで、1時間に1本の頻度で運行されているので、そんなに時間を気にしなくてもよさそう。私の旅は行き当たりばったりなので、明日は最終的にはパレルモに行くつもりなんだけど、午前なのか午後なのか、今の時点ではまだ詳細なスケジュールを決めていない。これからカターニアの街を歩いてみて、明日の午前中もカターニアにいるのか、明日は朝からパレルモに向かうのかを決めるつもり。

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ついでにカターニアからの日帰り旅行を検討するためにシラクーサやタオルミーナ行きのバスのスケジュールを調べておくことにする。

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シラクーサ行きは、30分に1本と高頻度に運行されている。カターニアを拠点として日帰り旅行に行くには、バスの便が多いほうがうれしい。

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バスの切符売り場は、ホテルの向かい側にあることもチェック。

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明日のためのバスターミナルの確認を終えて、いよいよカターニアのぶらぶら町歩きがスタート。「地球の歩き方・南イタリアとマルタ2014-15」を参照する限り、カターニアって紹介されているページ数は5ページしかないし、どのような魅力があるのかはまだ知らない。カターニア駅は町外れにあるので、駅前に広大な空き地があり、人通りも少ない。

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カターニア駅前のこの広大な空き地はなんだろう?以前はなんらかの施設が建っていたんだろうなぁ。

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以前にギリシャのサントリーニ島で見たようなフォルムの中央にドームのある教会がある。色合いはサントリーニ島の教会はブルーとホワイトがきれいだったけど。

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観光スポットではないらしく、あとから調べても教会の名前がChiesa del Santissimo Crocifisso della Buona Morteではないかということはわかったんだけど、それ以上はよくわからない。私はキリスト教の歴史に詳しいわけではないので、直感としては建物のフォルムがギリシャの教会に似ているように感じるんだけど、歴史的な理由はわからない。

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駅前は空き地と近代的なビルが建ち並び、観光地という感じじゃない。

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街路樹にオレンジが実っている。ガイドブックにはノーマークの教会や街路樹など、ぶらぶら歩きながら気になることに私は足を止めてしまう。ようやく行き当たりばったりの私らしい旅行スタイルになってきた。

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そう、私は町を歩きながら、その土地で生活している人の生活の雰囲気を感じるのが好き。観光スポットを巡るよりも、町の雰囲気を感じることが好きで、たまに必須観光スポットを見落とすことがあるくらい。

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路地をのぞくと、廃墟のような雰囲気。廃墟じゃないにしろ、雰囲気としてこの路地には入っていけない気がする。

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建物が崩壊しているんだけど、人が住んでいるのかなぁ?もしも、人が住んでいるとしても、この地区には立ち入ってはいけないオーラを感じてしまう。間違っても夜はここに近づいてはいけない。

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さすがに路地に入る勇気はなく、プジョー208も走っており、人通りもある少し広めの道を旧市街に向かって歩く。プジョー208が走る道路はきっと安全。

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花が咲いている街路樹がある。

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私は樹木や花には詳しくないのでわからないんだけど、なんていう樹木の花なんだろうなぁ。

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小さな広場に建つ教会は、ガイドブックに載っておらず、あとから調べてもサン・レオーネのギリシア正教会“Chiesa Greco-Ortodossa di San Leone”という名前しかわからない。しかも、それも正しい名前なのかはよくわからない。

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ようやくカターニア中心街に近づき、ヨーロッパの町並みになってきた。

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住宅街だと思うけど、小さな広場があり、なかなかいい感じの雰囲気。私は観光スポットそのものよりも、そこに行く途中の雰囲気を感じるのが好き。その意味では、カターニアもいつも通りに町歩きを楽しんでいる。

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やっとカターニア市街中心部のエトネア通り“Via Etnea”に出る。正面にあるのはシチリア・バロック様式のミノリティ教会“Chiesa di San Michele Arcangelo ai Minoriti”。

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「地球の歩き方・南イタリアとマルタ2014-15」を見ると、エトネア通り“Via Etnea”を北上すると円形闘技場があるみたいなので、円形競技場を目指してイタリアらしい雰囲気のエトネア通りを歩く。

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ステシコロ広場“Piazza Stesicoro”に出る。広場に面して建つテッツァーノ宮“Palazzo Tezzano”は、1693年のヴァル・ディ・ノート大地震“Terremoto del Val di Noto del 1693”により、一時的に建物は病院として使われた。どうやらカターニアの町を歩くにあたっては、1669年のエトナ山の噴火と1693年のヴァル・ディ・ノート大地震が1つめのキーワードになってくる。1669年のエトナ山の噴火では溶岩が町にせまり、1693年の大地震によってほとんどの建物が倒壊した。残念ながら、雨が強くなってきていて、傘が必要になってくる。折りたたみ傘は乾かして畳むのが面倒なので、あまり傘を差すのは好きじゃないんだけど、さすがに傘をさす。

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この建物はトスカーノ宮“Palazzo del Toscano”。この建物はGiovanni Battista Vaccariniにより18世紀に建てられたが、19世紀になってからEnrico Alvinoによって改修された。「地球の歩き方・南イタリアとマルタ2014-15」ではノーマークの建物ばかりだけど、ちゃんと紹介されてもいいような雰囲気の建物。

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ステシコロ広場にはカターニア生まれのオペラ作曲家、ヴィンチェンツォ・ベッリーニの像“Statua Vincenzo Bellini”が建つ。私はオペラには詳しくないので、ベッリーニの像を見ても感動することはないんだけど。

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円形競技場を目指して歩いてきたのに、「地球の歩き方・南イタリアとマルタ2014-15」に小さな記事としてステシコロ広場のすぐ近くのカルロ・アルベルト広場“Piazza Carlo Alberto”でメルカート(市場)が開かれていると掲載されていたので、まずはメルカートに行ってみることにする。生活感を感じるにはメルカート(市場)は私にとって最も好きな場所。メルカート(マルシェ)を見つけたら立ち寄らずにはいられないというマイルールは、きっと変えることはない。だって、私はメルカート(マルシェ)をのぞくのが大好きなんだもん。

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2021年11月 6日 (土)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(1)イタリア、シチリア島カターニアのリゼェールホテル“Rigel Hotel”の朝ごはん。

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2020年3月3日時点での累計陽性者数
シチリア州(人口約500万人)陽性者数7名
ラツィオ州(人口約570万人)陽性者数14名
北海道(人口約530万人)陽性者数79名

2020年3月4日、水曜日。朝早く目が覚めてしまい、前日3月3日のイタリアの州別陽性者をチェックする。今回の旅行中は「安全な旅行」を達成するために州別陽性者数を毎日チェックするのが日課になっていく。この人数は1日あたりの人数ではなく「累計人数」であり、イタリア全土の「累計」陽性者は2,502名。日本でも2021年のオリンピック前後の第5波で感染拡大が進んでしまったために陽性者数の人数の感覚が麻痺しており、2,502名は2021年8月の状況では「1日あたり」でも少ないと感じたかもしれないけど、オンタイムではこの数字が「累計」であっても、当時の日本のマスコミが必要以上に不安感をあおっていた(2021年の今でも必要以上に日本のマスコミは不安感をあおっていると思うけど…。)こともあるけど、多くの日本人は、もちろん私も含めて感染が拡大しており驚異であると感じている。しかし、細かく州別にみてみると、ロンバルディア州では累計1,520名の陽性者が出ているにもかかわらず、シチリア州では新たな陽性者はいなかったようで前日と同じく累計7名の陽性者しかいない。さらには、大都市のローマがあるラツィオ州では前々日から倍増しているものの累計14名と少ない。まだイタリア北部3州(ロンバルディア州、ヴェネト州、エミリア・ロマーナ州)で感染爆発はかろうじて治まっている状況だろう。シチリア州に関しては、昨日、カターニア・フォンターナロッサ空港でも、到着した乗客全員に非接触式体温計によるチェックが行われるなど、まだ感染拡大を防ぐことができているのだろう。今回の旅行では、毎朝陽性者数をチェックして、シチリア州の陽性者数が人口規模が近い北海道の陽性者数を超えたら、その時点で予定を切り上げて帰国すると決めている。

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テレビをつけると、新型コロナウイルス感染症のニュース。

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2020年3月4日の朝のニュースでは、イタリア北部の小さなコミューンが封鎖されている程度で、ニュースを見てもイタリア全体というよりは、イタリア北部の地域で起きている事故や事件という感じの報道。

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まだイタリア北部に限定された出来事であり、イタリア北部の小さな町が封鎖されている様子などが中心。そもそも、私が不思議に感じているのは、なぜイタリアでは大都市ではなく、小さなコミューンで最初に新型コロナウイルス感染症の流行が始まったんだろうということ。

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しばらくニュースを見ていても、イタリアのニュースでは事件報道と同じように淡々と報道されており、この時点ではイタリア全土の危機というよりはイタリア北部の一部地域の事件という感じなんだろうなぁ。イタリアにいるのに、まだ遠くで起きている出来事という感じがする。むしろ、日本にいたほうが日本のマスメディアによって「全体化」されてイタリア「全土」が感染爆発という印象を与えるお祭り騒ぎの報道になっており、事実以上に不安感をあおるような、悪意と言ってもおかしくないくらいの意図を含んで報道されている気がする。まぁ、日本のマスコミの報道って、イタリアのことに限らず、その後の新型コロナウイルス感染症についても、いつも大衆に対して不安感をあおるような意図を含ませて報道しているような気がするけど。

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“Zovon”という小さな町の様子が報道されている。あとで調べてみると、ヴェネツィア、パドヴァからそんなに離れていない場所にある小さな町。

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イタリアのニュースのおもしろいところは、途中で星座占いコーナーがあること。星座占いコーナーがある限りは危機的状況ではなくまだ平穏に違いない。

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もう一つ、イタリアのニュースでおもしろいところは、今までイタリアではあまりテレビを見なかったので気がつかなったんだけど、なぜ、気象予報士が軍服のような衣装なんだろう。イタリアの気象予報士ってこんな制服を着ているのかなぁ?

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軍服なのか、航空機のパイロットの制服なのか、この人はなんなんだろう?私が「まだ知らないどこかへ」行く理由は、不思議なことや、わからないことと出会うのが楽しいからかもしれないなぁ。

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うーん、偉そうな制服の気象予報士の天気予報って、おもしろいなぁ。これって予報と言えるのかなぁ?肝心なイタリア南部の天気なんだけど、晴れるのか、曇りなのか、雨なのか、はっきりしてほしい。もう「はっきりしない天気」ということで理解するしかない。今日の天気は雨が降るかもしれないし、晴れるかもしれない。

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ニュース番組の右上には「プリティウーマン」を今晩テレビで上映しますよという案内表示が出ているから、きっとまだ平和に違いない。

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天気予報をみても、今日の天気は晴れるのか、曇りなのか、雨が降るのかはよくわからないけど、外を見ると曇り空で雨が降り出してもおかしくない。

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駅前広場が見える。路面が濡れているのかなぁ?曇ってはいるけど大雨という感じじゃなさそう。偉そうな制服の気象予報士の天気予報を信じれば、雨が降るかもしれないけど、晴れてくるかもしれない。

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朝食レストランに向かう。昨日の夜はローマ・フーミチーノ空港でも、カターニアに到着してからも何も食べていないので、今回のイタリア旅行で初めて現地で食べる食事。

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朝食レストランにはほかのお客さんはおらず貸し切り状態。そもそも小さなホテルだし、宿泊客がいないのかもしれない。

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ホットミールがないコンチネンタルブレークファスト。でも、左端に果物が置かれている。

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食パンとトースターもあるので、たまには食パンを食べてみようかなぁ?奥の冷蔵ケースにはハムやチーズが置いてある。

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イタリアの朝食は、甘いケーキが置いてあることが多い。

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そして、クロワッサンも甘く、クリームなどが入っていることが多い。

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ゆで卵もあるし、イタリアのホテルでは標準的な朝ごはんかなぁ?でも、ちょっとパンの種類が少ないかなぁ?

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今回のシチリア旅行で最初の朝ごはん。私にとっては十分幸せな朝ごはん。カプチーノはマシーンではなく、スタッフに頼むと作ってくれる。2018年3月にイギリスに行った影響なんだけど、四角い食パンを食べてみる。ハムは生ハムだし、チーズとバターがあれば美味しいサンドイッチを作れる。そして、私はフルーツがあれば十分に幸せ。今回の「春のシチリア紀行」では、新型コロナウイルス感染症の影響もあっていつもよりも心配が多いし、不安感も強いんだけど、美味しい朝ごはんを食べて、イタリアを感じることもできるし、幸せな気分。いつも通りの旅の楽しみを感じることができている。

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2021年11月 3日 (水)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 1日目(5)2020年3月3日、ローマから満席のフライトでシチリア島のカターニアに到着。

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アリタリア航空AZ1759便ローマ発カターニア行きは乗客数が多く、2020年3月3日時点ではイタリアでは普通に人の移動が行われていることがわかる。

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しかも、エアバスA321なので乗客数が多い。もともと高需要路線なんだろうなぁ。

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最前列のバシネット席の通路側の1Dを指定できたということはアリタリア航空のエアバスA321は国内線だからかオールエコノミー仕様。ほとんどの人はマスクをしていない。ある意味では、イタリア「北部」以外は平常通りの生活をしているだろうという予測通りなんだけど、マスク社会である日本でマスク生活に慣れた私にとっては大丈夫なのかと不安になり、私にはマスクを外す勇気がなくて、機内では「郷に入っては郷に従う」ことができずマスクを外せなかった。だけど、きっとイタリア人にとっては、この時点ではマスクは病人がするものだから、マスクをした東洋人である私のほうがよほど異質で、危険だと見られていたのかもしれない。

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国内線のオレンジジュースは、ブラッドオレンジジュースじゃない。

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地上が見えてきた。まもなくアリタリア航空AZ1759便はカターニア・フォンターナロッサ空港“Aeroporto di Catania-Fontanarossa”に到着する。

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ゲートに到着し、ドアがオープン。

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こんなにマスクをしていない人々で密集した機内の写真を見たら、日本でテレビの情報を鵜呑みして、イタリア北部ではなく「北部でも南部でもイタリアはイタリアだから、イタリア(全土)は危険!」と本当は「一部分」なのに「全体化」して「偏見」を持ってしまった人たちが見たら、発狂してしまうだろうなぁ。「こんな時にイタリアに出かけるなんてけしからん!もう帰ってくるな!」と誹謗中傷を受けるに違いない。だって、率直に言うと私もこの状況を直感的には受け入れられなくて、怖かったもん。もちろん、いつもは海外旅行に行くと「まだ知らない」価値観を楽しんでいるし「郷に入っては郷に従う」んだけど、私自身も日本の価値観であるマスク社会で過ごしているので、さすがに日本とイタリアのマスクの価値観の相違についてはすぐに受け入れられず、飛行機の中でマスクを外すことはできず、このフライト中は今回の旅行中で私が最も不安に感じて、恐怖すら感じた時間だった。まぁ、客観的なデータでは、ローマのあるラツィオ州やシチリア州の新型コロナウイルス感染症の陽性者数は累計数でも人口比でも東京や北海道と比較しても少ないというのは出発前にわかっていたし、イタリア中部や南部ではマスクなんてせずに普通に生活できているだろうという予測も正しかったんだけど、やっぱり私は日本のマスク社会で生きているので、客観的にはマスクの「予防的」な機能がどの程度あるのかよくわからないんだけど、マスクなしの不安感はぬぐえない。

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きっと、イタリア人は機内でマスクをずっとつけ続けた私のことを、具合が悪いからマスクをしている怪しい東洋人というレッテルを貼られていたんだろうなぁ。日本人と中国人と区別がつかないだろうし。まぁ、ヨーロッパの人たちって、そこまで他人に興味はないと思うけど。

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飛行機を降りると、国内線だけど全員が非接触式体温計によるチェックがある。なるほど「人海戦術」の対処法だけど、シチリア州は島なので、島に入ってくる人を全員スクリーニングすれば、防疫につながる。率直に感じたことは、カターニアは地方都市の空港なので規模が小さいからできるんだと思うけど、日本なんて島国なんだから、少なくとも沖縄や北海道については国内の中でも海を隔てているんだから、国内線でも「人海戦術」で非接触式体温計によるチェックをもっと早くから行ってスクリーニングしていれば少しは防疫できたかもしれないのに、日本は危機に対してスピード感がないんだなぁということ。とりあえず手っ取り早く「人海戦術」であるものの非接触式体温計があればすぐに対処できるのに、きっと日本だったら、ちゃんとした対策を取るべく、国際線に設置されているような大型機械であるサーモグラフィがないとできないと考えて、大型機械の設置のために、まずは見積もりを取り、稟議決済を通して、決済をもらってから発注して、そして納品と設置までに時間をかけるんだろうなぁ。お役所仕事だと3月は年度末なので、年度当初の予算案にはない大型機械を買うお金を捻出するための補正予算をつくるのに時間をかけているかもしれない。そして、設置を準備しているその間に、感染症の侵入を許してしまう。実際にサーモグラフィーによる体温測定が始まったのは、那覇空港は2020年4月9日、そして新千歳空港は2020年4月15日になってから。日本のマスメディアでは「全体化」してイタリア「全土」で感染爆発していると大騒ぎだけど、マスメディアは足元の日本を見ているのかなぁ?感染症に対して、のんびりしているのはイタリアよりも日本だと思うけど。やっぱり、日本の中だけで生活していると考える範囲が狭くなるし、考え方が固定化してしまうから、その意味では、まだ知らないどこかへ行き、新しい価値観に触れることはどのような状況でも必要なのかもしれない。

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スーツケースを受け取り、カターニア・フォンターナロッサ空港の到着ロビーに出る。空港バス“ALIBUS”の案内表示があるので、左に進む。

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到着案内板を見ると、アリタリア航空AZ1759便は定刻21:45で実際は21:38の到着なので、若干の早着。アリタリア航空ってわりと正確に飛んでくれるし、以前に大雪のミラノ・マルペンサ空港で午前中は空港封鎖となる中で、成田行きを欠航せずに飛ばしてくれたこともあり、そのときは本当に、本当に助かったので、私の中ではアリタリア航空はずっと好印象。赤字体質だったとは言え、新型コロナウイルス感染症がとどめを刺して、2021年10月にアリタリア航空が消滅してしまったのは残念。

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到着ロビーはお店も閉まっているし閑散としている。空港バス“ALIBUS”乗り場を探す。

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途中の出口から出ればよかったのに、どうやら行きすぎたみたいで、後ろ側から空港のピクトグラムが表示されているバスを発見。

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カターニア市街に向かう空港バス“ALIBUS”を無事に発見。

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バスの乗客は少ない。

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料金は運転手から購入し4ユーロ。刻印機に切符を入れる方向を間違ったみたいで、反対側に刻印してしまう。

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カターニア・フォンターナロッサ空港は、市街地から近く、空港バスは15分ほどでカターニア中央駅に到着する。

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カターニア中央駅前はシチリア島の各地に向かうバスターミナルがあり、今回はカターニアからパレルモまではバス移動の予定。そのため、カターニア中央駅前のホテルを予約している。

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駅前には移動式のカフェテリアがある。このカフェテリアがなければ、あたりは薄暗くて閑散としているので怖かったかも。

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カターニア中央駅前広場はお店も少なく、かなり寂しい感じ。ヨーロッパに限らず、鉄道駅は町の発展よりもあとからできたものなので、カターニア中央駅も町の中心から離れているんだろうなぁ。

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町外れにありがちなのはケバブ屋さん。もう夜遅いし、早くホテルに到着したいので夕食は食べないつもり。まぁ、ローマ到着前に機内食を食べたので、おなかもそんなに空いてないと言いたいところだけど、実際は新型コロナウイルス感染症に対する警戒感、緊張感が自分自身の中に強くあって、いつもの旅行とは違うので飲食店に入ることを警戒して避けているというのが本音だろうなぁ。いつもだったら、夜遅くても、駅前の移動式カフェテリアが開いているんだったら、パニーニとか食べちゃいそうな気がする。

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Bookig.comで予約した「地球の歩き方南イタリアとマルタ2014-2015」掲載の駅前ホテルのリゼェールホテル“Rigel Hotel”を無事に発見。このホテルは2階建てなのかなぁ?駅前広場から徒歩数分なので、立地は便利だけど、鉄道駅が町外れにある雰囲気なので、今日は食べないけど、明日は夕食を食べるレストランをホテル周辺で探すのは大変かも。

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リゼェールホテル“Rigel Hotel”にチェックイン。

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部屋はわりとゆったりとしており広め。Booking.comで予約して、朝食込み2泊で103.56ユーロなので、朝食込みで1泊50ユーロくらい。シチリア島は物価が安い。

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シャワールームのドアはぴったり閉まる。このほうがシャワー室からの水漏れを気にしなくていいから、私は好き。

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そして、イタリアらしいのはビデがあること。

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移動だけとなった旅行1日目の2020年3月3日、無事にシチリア州のカターニアのホテルに到着。イタリア北部以外では普通に生活できているということを実感し、事前の予想通りでほっとする。新型コロナウイルス感染症対策にも考え方に違いがあり、イタリアでは、ゴム手袋やビニール手袋をつけることで接触感染にはものすごく気をつけているけど、2020年3月3日の時点ではマスクをつけている人はかなり少数派というよりも原則的にはマスクはつけていない。まだ知らないどこかへ行くと私は新しい価値観を感じて、いつもは「郷に入っては郷に従う」ので、新しい価値観に染まってみるんだけど、今回だけは、多くの人で密集した機内に遭遇し、日本のマスク文化に慣れている私にとっては、イタリアのノーマスク文化に戸惑いを感じてしまう。その反面、「まだ知らないどこかへ」行くことで新しい価値観に気がつくことができる。ゴム手袋装着率が高く、日本以上に接触感染を防ぐことに留意していることや、カターニア・フォンターナロッサ空港では国内線でもいち早く非接触式体温計によるチェックが行われているなどの迅速な対応が行われていることはイタリアから学ぶべきこと。

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