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« 2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(11)シラクーサのオルティージャ島“Isola di Ortigia”へ。 | トップページ | 2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(13)パピルスが茂るオルティージャ島のアレトゥーザの泉“Fonte Aretusa”。 »

2021年12月14日 (火)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(12)オルティージャ島“Isola di Ortigia”にあるシラクーサのドゥオーモへ。

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アポロ神殿の右側の路地を歩いてみることにする。私はクルマが通れない細い路地を歩くのが大好き。だって細い路地はクルマが登場する以前の、昔からあった道に違いないから。

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そして、細い路地を歩いて、この町で生活している様子を感じられるのが好き。オルティージャ島は今回の旅のキーワードである1693年のヴァル・ディ・ノート大地震“Terremoto del Val di Noto del 1693”の影響は少なかったのかなぁ?

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私の町歩きは行き当たりばったり。私は気になる物を見つけてしまうと足を止めてしまう。フェンスにつけられたものはなんだろう?おまじないのようなものなのかなぁ?

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マルタに行ってからだと思うんだけど、私は建物のバルコニーを見るのが好き。オルティージャ島のバルコニーもマルタで見た出窓とは違う。地理的にはシチリア島とマルタ島は近いはずなんだけど、シチリア島と共通する文化ではなさそう。

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そして、感性のままに歩いていたらいつものように道に迷う。

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広めの通りに出たので、現在地を確認して方向を修正する。このところ、e-simでストークモバイルと契約して、普通にスマートフォンが使えるので現在位置がわかるので以前よりも迷わない。

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ようやく地図上でもわかるアルキメデ広場“Piazza Archimede”に出る。この広場の名前の由来はアルキメデスであり、アルキメデスはシラクーサの生まれ。

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ダイアナの噴水“Fontana di Diana”は、20世紀初頭の1906年に作られたもの。

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時計のあるイタリア銀行の建物は15世紀の建造物だったんだけど、1942年の第二次世界大戦時の連合軍による空襲によって破壊されて1950年代に再建されたもの。

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私は細い路地が好きで、アルキメデ広場から再び細い路地に入る。

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この通りはお店が多い。

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路地を歩いていると、急に右側にミネルヴァ広場“Piazza Minerva”と巨大な建物が見えてくる。大きな建物はシラクーサのドゥオーモ“Duomo di Siracusa”に違いない。

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今回の旅のキーワードである1693年のヴァル・ディ・ノート大地震“Terremoto del Val di Noto del 1693”の影響は免れず、シラクーサのドゥオーモのファサードは、1753年に再建されたもので、ファサードの建築時期が2つの期間に及んだため、ロココ様式と後期バロック様式。

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ドゥオーモ広場“Piazza Duomo”の奥に見えるのは聖ルチア埋葬教会“Chiesa di Santa Lucia alla Badia”で、こちらも1693年の大地震後に再建されたもの。

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ドゥオーモ広場の反対側を見ると、ドゥオーモの奥の建物はシラクーサ市庁舎“Municipio di Siracusa”。その向かいにある宮殿はベネヴェンターノ・デル・ボスコ宮殿“Palazzo Beneventano del Bosco”。

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“Chiesa Cattedrale Natività di Maria Santissima”とも呼ばれるシラクーサのドゥオーモに入ってみることにする。

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ここに来る前にアポロ神殿の遺跡を見てきたけど、もともとシラクーサのドゥオーモのあった場所には紀元前5世紀にギリシャ神殿が建てられていた。神殿の様式はアポロ神殿と同様にドーリス式の寺院だった。身廊を支える柱の形状がおもしろい。

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通路に出ると、特徴的な柱がある。ギリシャ神殿の柱をそのまま使用しているということ?シラクーサのドゥオーモは、ギリシャ神殿の柱が組み込まれて7世紀に教会として建設されたんだけど、878年にはイスラム教のモスクに改築。そして、1085年には再びキリスト教の大聖堂となるなどの複雑な歴史がある。

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身廊と側廊の柱はいつの時代のものなんだろう?

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教会に入り、いつものように椅子に座り、無事に旅ができることを神に感謝する。

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シラクーサのドゥオーモっておもしろい。ギリシャ神殿の柱が残っている。シラクーサはギリシャ時代からずっと町として存続してきたんだろうなぁ。

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この柱頭の様式がドーリス式ということなんだろうなぁ。この柱が現存しているということは、1693年の大地震でも倒壊しなかったということなので、ファサードは崩壊したみたいだけど、丈夫に作られているんだろうなぁ。大聖堂そのものよりも、私はギリシャ神殿の柱が残っていることをおもしろいなぁと感じる。

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ドゥオーモを出て、広場の向かいの建物は19世紀後半に建てられた新古典主義の宮殿“Palazzo della Sovrintendenza ai Beni Culturali di Siracusa”。

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さらにオルティージャ島の先端に向かって歩いてみることにする。聖ルチア埋葬教会“Chiesa di Santa Lucia alla Badia”は、1693年の大地震後の再建なのでバロック様式。

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教会の扉は閉ざされており、中には入れないみたい。

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さらに細い路地を進む。

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建物の隙間から太陽の光と海が見えてきた。

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小さな広場“Piazzetta San Rocco”の奥の建物は、今は使われていないみたいだけど、かつての修道院や病院みたい。

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ずっと路地を歩き続けて、ようやく海に出る。

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アレトゥーザの泉“Fonte Aretusa”に出る。島の先端部にあって、海に隣接しているんだけど、淡水の噴水みたい。

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アレトゥーザの泉の周囲を歩いて、海のある風景に出会う。太陽の降り注ぐ海は、限りなく透明で美しい。しばらく美しい海の風景をぼーっと眺める。シラクーサに来てから、ようやく、私のいつもの旅らしく、風景の美しさや町歩きの楽しさを感じられるようになってきた気がする。

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