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« 2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(5)カターニアのペスケリア “Pescheria” (魚市場)で東洋人に対するコロナ人種差別に遭遇!? | トップページ | 2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(7)カターニアのバロック様式の教会群。 »

2021年11月23日 (火)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(6)エトナ山の溶岩が迫る、カターニアのウルシーノ城へ。

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ドゥオーモ広場からウヅェダ門“Porta Uzeda”を出る。

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カターニアのおもしろいところは、町の中心部であるドゥオーモ広場のすぐそばが市場になっていること。

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鉄道の高架下をくぐるとズッリア通り“Via Zurria”に出る。

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緩やかな坂道になっているプレビシト通り“Via Plebiscito”を上る。このお店はペットショップかなぁ?

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ペット用の鳩が売られている。鳩を飼う人がいるんだろうなぁ。

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小鳥も売られている。この小鳥はなんだろう?

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歩いて行くとウルシーノ城“Castello Ursino”が見えてきた。

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ウルシーノ城は13世紀にフリードリヒ2世“FriedrichⅡ”(フェデリーコ2世“Federico II di Svevia”)によって建てられた。建築当時は海を見渡す崖の上にあったとされるが、今回のカターニアの町歩きでのキーワードである1669年のエトナ山の大噴火および1693年のヴァル・ディ・ノート大地震により、海から1キロも内陸になった。1669年の地震で倒壊しなかったカターニアでは数少ない建物。

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内部は市立博物館となっている。私は絵画などの美術品よりもローマ時代のモザイクを見るほうが好き。

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この展示はなんだろう?

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今回のカターニアの町歩きで、エトナ山の大噴火と大地震に、もうひとつのキーワードである、カターニアの守護聖人である聖アガタ“Sant'Agata”の名前を聞かないことはない。おそらく、これは、拷問を受け、乳房を切り取られたことを表しているんだろうなぁ。

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聖アガタが乳房を切り取られた流れで、この絵を見ると、男性は股間にどのような手術をされているんだろうと想像してしまう。説明文のイタリア語をちゃんと読めば、きっと聖アガタとは関係ないんだと思うけど。

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かつては城塞都市だったことがわかる。

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城塞都市カターニアの左下に見える要塞がウルシーノ城で、かつては海がすぐそばにあった。ウルシーノ城は、市立博物館であり、私が通路を見逃したのかも知れないけど、屋上に出られないのが残念。

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かつてのウルシーノ城のお堀に1669年のエトナ山の大噴火の際の溶岩が残っている。こんなに町中までエトナ山の溶岩が流れ込んだということ。

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奥に見えるのは、ウルシーノ城近くのマラヴィニャ広場“Piazza Maravigna”に建つ小さな教会“Chiesa di San Giuseppe al Transito”は、1693年の大地震後に建てられたバロック様式の教会。まぁ、私はシトロエンC1がかわいくて写真に撮ったんだけど。Aセグメントのこのクルマは、基本的にはトヨタの設計でダイハツのエンジンを積み、チェコで製造されている。そして残念ながらトヨタとプジョーやシトロエンとの提携が途切れてしまい、プジョーやシトロエンからは後継のクルマは出ず、後継のクルマはトヨタ単独でアイゴX“AigoX”となる。

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「地球の歩き方南イタリアとマルタ」に掲載されている数少ない紹介スポットであるサン・ニコロ教会“Chiesa di San Nicolò l'Arena”を目指して坂道をあがる。

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ふと建物のバルコニーが気になってくる。私は以前にマルタに行ってから、独特の出窓が気になっており、その独特の出窓はマルタ独自に発展したのか、周辺の国の文化の影響を受けているのかが気になっており、ついバルコニーを気にしてしまう。そして、もしもマルタの出窓に影響を与えるとすれば、地理的にはシチリア島がもっとも近い。だけど、もしかしたらカターニアは大地震後の18世紀以降に再建されたバロックの町なので、建築が新しいのかも。

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マルタの出窓は、バルコニー全体が覆われて部屋のようになっているので、カターニアのバルコニーの風景とも少し異なる。以前に私が訪れた町の中ではスペインバスク地方のビルバオの出窓が一番、似ていたかもなぁ。うーん、こうなってくると出窓はマルタで独自に発展したものと考えるべきかなぁ?

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坂をあがった丘の上にサン・ニコロ教会のクーポラが見えてきた。

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サン・ニコロ教会のファサードは未完成。今回のカターニア観光のキーワードとなっている1669年のエトナ山の大噴火ののちにサン・ニコロ修道院の修復と同時に建築が始まったんだけど、1693年の大地震によって工事が中断されており、今も完成図が想像できないほど未完成。

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教会の中に入ると主祭壇の奥はパイプオルガン。

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このサン・ニコロ教会で、事前に詳しく調べずにインプレッション勝負で町を歩く私が気になったものは、この3つ並んだオブジェ。私は「なんだろう?」と気になってしまうと、それが有名であろうが、なかろうが立ち止まらずにはいられない。反面、重要な観光名所を見落とすことも少なからずあるんだけど…。

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台車に載せられている美しいオブジェ。天使の装飾がかわいらしい。

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こちらのオブジェには、2本の担ぎ棒がある。ということは、カンナロリ“cannalori”と呼ばれるこのオブジェは、日本で言う「御神輿」ということ?たぶん、御神輿の背が高くてバランスが悪く、なおかつ担ぎ棒が短すぎて、かつぐにはかなりバランスが取りづらそう。たぶん、日本のお祭りみたいに「わっしょい」と揺らしながら練り歩くんじゃないと思うけど。帰国後に調べてみると、このカンナロリ“cannalori”は、毎年2月に行われる、聖アガタのお祭り“Festa di sant'Agata”に登場するみたい。ここでももう一つのキーワードである「聖アガタ」が出てくる。

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サン・ニコロ修道院は見学せずに、地球の歩き方南イタリアとマルタに掲載されているスポットであるベッリーニ公園に行ってみることにする。サン・ニコロ教会から坂を下ると、オデオン劇場“Odeon Romano”に出る。

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隣はオデオン劇場よりも規模が大きいロマーノ劇場“Teatro Romano”。実はもう一本、奥の路地に入れば、内部も見学できたみたい。このあたりが、事前に詳細に調べずに、感性が勝負の行き当たりばったりの私の旅の残念なところ。

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こちらはロマーノ劇場。カターニアの町は今回の町歩きのキーワードである1669年のエトナ山の噴火と1693年の大地震で建物は壊滅的なダメージをうけたはずなんだけど、ローマ遺跡が残っているのが不思議な感じ。

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ローマ劇場から近い場所には紀元1世紀から2世紀の間に建てられたロトンダ浴場“Terme della Rotonda”がある。浴場のあとは教会“Basilica di Santa Maria della Rotonda”として使われていたみたい。このドームはいつの時代のものなのかなぁ?1693年の地震後に建てたれたためにバロック様式が多いカターニアだけど、ずっと人が住み続けてきた町らしく、ローマ遺跡がところどころにあるのがおもしろい。

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