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2021年11月16日 (火)

2020年3月、春のイタリア・シチリア紀行 2日目(4)カターニアのドゥオーモ広場へ。

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カルロ・アルベルト広場のメルカートで旅の楽しさを感じ、ステシコロ広場に戻ってくる。

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周辺はテッツァーノ宮などの宮殿があるステシコロ広場に、起源2世紀に造られたローマ遺跡の円形闘技場“Anfiteatro Romano”の入口が突如として現れる。柱しかないので全体像がよくわからないんだけど、かつてはローマのコロッセオのような大きな建物だったのかなぁ?

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地表に現れているのは円形競技場のごく一部であることがわかる。かつての円形競技場は建物の下に眠っているのだろう。奥に見えるのはサン・ビアジオ教会“Chiesa San Biagio in Sant'Agata alla Fornace”で、名前の通り、カターニアの守護聖人である聖アガタ“Sant'Agata”が火あぶりの拷問を受けた場所ということだろう。

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案内図を見ると、地表に見える部分はごくわずかしかないけど、かなり大きな円形競技場であることがわかる。円形競技場があるこの場所は、現在では建物が建ち並ぶ旧市街の中心だけど、かつては町外れでネクロポリス(墓地)と隣接していたらしい。

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今度はエトネア通り“Via Etnea”を南下する。カターニアの町は、1669年のエトナ山の噴火と1693年のヴァル・ディ・ノート大地震によって崩壊しており、カターニアの町全体がその後に再建されたもの。エトネア通りも復興後に造られたために、まっすぐに伸びている。

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コッレジャータ教会“Basilica della Collegiata”も1693年の大地震で崩壊し、18世紀初頭に再建されたバロック様式の教会。

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大学広場“Piazza Università”に出る。西側に建つ大学の宮殿“Palazzo dell'Università”も、カターニアの他の建物と同様に1693年の大地震後に再建されたもの。

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反対側の建物はサン・ジュリアーノ宮殿“Palazzo San Giuliano”で、1738年に建てられ、現在は大学の事務局が置かれている。

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大学だからちょっと入ってもいいかと思って、サン・ジュリアーノ宮殿の中庭に入ってみる。

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ローマは “SPQR”(Senatus Populusque Romanus)に対して、カターニアの紋章は“SPQC”(Senatus Populusque Catanensium)。象の上の“A”は、カターニアの守護聖人である聖アガタ“Sant'Agata”を示している。

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直訳すれば、象の宮殿“Palazzo degli Elefanti”で、現在は市庁舎として使われている。この建物も、1693年の大地震後に再建されたもの。

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ようやくカターニアの中心であるドゥオーモ広場“Piazza del Duomo”にたどり着く。カターニアのドゥオーモ“Duomo di Catania”が目の前に見える。

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ドゥオーモ広場の真ん中には象の噴水“Fontana dell'Elefante”。ここはガイドブックの解説があって、黒い象はローマ時代の溶岩で造られており、オベリスクはエジプトから運ばれ、その上にカターニアの守護聖人である聖アガタ像の象徴である椰子の葉の冠とユリの枝が載っている。

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象はリオトル“Liotru”と呼ばれ、カターニアの町のシンボルとなっている。

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ドゥオーモ広場側から見た、象の宮殿。

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今回の「春のシチリア紀行」で初めての入場観光は、カターニアの聖アガタ大聖堂(ドゥオーモ)“Cattedrale di Sant'Agata”。大聖堂はもともと古代ローマのアキリアン浴場の廃墟に11世紀に建設されたが、1169年の地震、そして今回のカターニア観光のキーワードである1693年のヴァル・ディ・ノート大地震により崩壊する。現在の建物は18世紀以降にバロック様式で再建されたもの。ファサードの中央には、聖アガタの大理石像がある。

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内部に入ると静寂に包まれている。

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まっすぐ進み、主祭壇を見上げる。

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教会の椅子に座り、静寂の中で、平穏に旅ができていることを神にいつも以上に感謝する。

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ガイドブックには右側の通路を進むと礼拝堂があるというので、右側の通路を進む。エマヌエーレ・ディ・ジョヴァンニ“Emanuele Di Giovanni”によって書かれたマリアコレデントリス“Maria Corredentrice”は、1961年と20世紀の作品だけど、なぜか心が引かれてこの作品だけ写真に残している。

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ガイドブックによると、ここが聖アガタの礼拝堂“Cappella di Sant'Agata”のはず。

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礼拝堂の内部には入れないけれど、豪華な装飾がされている。

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聖アガタ大聖堂(ドゥオーモ)の脇から外に出る。

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向かいに建つサンアガタ修道院教会“Chiesa della Badia di Sant'Agata”も1693年の地震で崩壊し、再建されたもの。今の時間は門が閉ざされており中には入れない。

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ドゥオーモの周囲を歩き、ドゥオーモ広場に戻る。ガイドブックには載っていない教会や宮殿ばかりだけど、町を歩いているうちにカターニアの守護聖人である聖アガタについて学び、そして1669年のエトナ山の噴火および1693年のヴァル・ディ・ノート大地震によりカターニアの町は壊滅的なダメージを受けており、現在の町の風景はそこから復興した町並みであることを学ぶ。結果的に多くの建築が18世紀に再建されたため、バロック様式の建物が建ち並ぶことになり、バロック建築の町となっている。

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