ロンドン・パリ、ドーヴァー海峡を渡る旅 2日目(6)カンタベリーの街歩き。
地図も見ずにさまよい歩いてたどり着いた庭園からカンタベリー大聖堂を背後から見る。
庭園をさらに奥に歩いていくと、本来は一般の観光客が通ってはいけないゲートだったみたいだけど、門番の人から通っていいよという許可を得て、城壁外に出てしまう。観光案内所でもらった「見どころガイド」で地図の見学ポイントで世界遺産である「聖アウグスティヌス修道院」に向かうことにする。
ゲートを出ると、聖アウグスティヌス修道院“St Augustine's Abbey”のFyndon Gate(Great Gate)が正面に見る。この修道院は598年に設立されるが、ヘンリー8世の宗教改革により1538年に解散している。もともとはセント・アウグスティヌスによって、アングロサクソン人へのキリスト教の布教させるために建てられたもの。この門のすぐ左手は“Canterbury Christ Church University”の入口になっており、大学生が多い。
道路を渡り、振り返るとカンタベリー大聖堂の鐘楼が見える。私は専門家ではないので、根拠がある関連性は見出せないんだけど、ドーヴァー海峡を渡った北フランスやベルギーの鐘楼の文化の影響を受けていないのかなぁ?国境を接する地域って、相互に影響を受けやすい。だけど、陸続きのヨーロッパの国境と違って、海を隔てているので影響の受け方が違うのかもしれない。
聖アウグスティヌス修道院の観光用のゲートがあり、さらに先には世界遺産の聖マーティン教会“Church of St Martin”もあるので、観光案内所でもらった地図を見ながら歩く。
カンタベリーの路地の風景。小さな教会“St Paul's Church”が見える。
“The Cemetery Gate”と呼ばれる聖アウグスティヌス修道院の門。
ロングポート通り“Longport”を歩くと、聖アウグスティヌス修道院の見学のための入口がある。ところが、11月から3月までの冬季は週末しかオープンしていない。ちゃんと「地球の歩き方」を読めば書いてあることなんだけれど。フェンス越しに、聖アウグスティヌス修道院を見ることができるけれど、ヘンリー8世の時代のローマ・カトリックからの離脱を目的とした宗教改革によって、修道院が閉鎖されてから教会は荒廃が進み、廃墟と化している。
さらに観光案内所でもらった地図に「世界遺産」とされている、イギリスで最も古い教会と言われる聖マーティン教会を目指して歩く。途中で、グラマースクール“Barton Court Grammar School”から、下校時間にあたったみたいで、男女共に制服を着ている生徒が大勢出てくる。さすがに、制服姿の男子中学生や女子中学生をねらって写真に撮るわけにもいかず、写真には撮っていないんだけど、フランスでは制服姿の学生を私はほとんど見ない気がするので、学生服の学生を見るのが新鮮な光景。
聖マーティン教会は、残念ながら冬季は火、木、土の11〜15時までしか開いておらず、残念ながら今日2019年3月1日は金曜日。聖アウグスティヌス修道院同様に内部の見学はできなかったけれど、イギリスにキリスト教を布教するためにカンタベリーに拠点が築かれたことは理解できた気がする。
観光案内所でもらった地図で一番遠いポイントは聖マーティン教会だったので、あとは城壁内の観光ポイントを巡ることにする。右ハンドル仕様のプジョー208。日本に導入されるモデルは、日本と同じ右ハンドルのイギリスで扱われているグレードが入ってきやすいので、イギリスのプジョーのラインナップは要チェックだったりする。日本にはマニュアル車は入ってこないし、グレードによっては正規ディーラーでは販売されていないので、人によっては個人輸入している人もいるくらい。
城壁に沿って歩いているとバス・ステーション。ロンドンだけでなく、イギリスは地方でも2階建てバスであることを知る。大きなバスステーションで、鉄道だけではなくバスのルートを調べることも「イギリス地方の旅」には必要かも。
バス・ステーションの周囲は近代的なショッピングセンターになっている。
さらに観光案内所でもらった地図に番号が書いてある“Dane John Gardens”と呼ばれる庭園に向かう。
この庭園には“Dane John Mound”と呼ばれる小高い丘がある。この丘はローマ時代からある墓で、ノルマン時代には、“Motte and bailey castle”という様式のお城だったりしたこともあるみたいだけど、今では公園になっている。
カンタベリーの最初のお城は、“Dane John Mound”に作られた“Motte”で木製のお城だった。その後、カンタベリーの2番目のお城として、この石造りのカンタベリー城が作られた。観光案内所でもらった地図には“Norman Castle”と書かれている。
残念ながら、崩落の危険性があるため立ち入り禁止となっており中には入れない。
さらに、路地を進むと、ガイドブックにも、観光案内所でもらった地図にも説明はないんだけど、聖ミルドレッド教会“St Mildred's Church”がひっそりと建つ。
ここにも病院ではなく救貧院としての“Hospital”がある。“Maynard & Cotton's Hospital”は、医療を必要とする人ではなく、高齢の貧しい人々の住まい。歴史的な場所ではなく、現在もおそらく高齢者が住んでいる。
この時計がある建物もホスピタル“Hospital of Poor Priests”。かつては皮なめしの工場を13世紀に救貧院にしたもの。ヘンリー8世のよる宗教改革の影響を受ける前は、キリスト教会として困窮する人を救っていた。現在ではカンタベリー出身の劇作家であるクリストファー・マーロウ“Christopher Marlowe”に由来する展示場“The Marlowe Kit”として利用されている。
細い路地を歩き、ストア川にかかる橋を渡る。水がある風景って美しい。夏だったら、緑が濃くなってもっと美しいだろうなぁ。
ストア川をまたぐように小さなチャペル“Greyfriars Chapel”がある。この辺りはグレイフライアーズ・ガーデン“Greyfriars Gardens”と呼ばれる緑が多い公園になっている。かつては、聖フランシスコ会の修道院があったが、聖アウグスティヌス修道院と同様に、ヘンリー8世の時代の宗教改革により、1538年に修道院は解散しており、このチャペルだけが残っている。
観光案内所でもらった地図をもとに、カンタベリーの町をほぼ一周。賑やかなハイ・ストリート“High Street”に戻ってくる。
その名の通り、セント・ピーターズ・ストリート沿いに立っているのは、“St Peter's Church”。かつて中世の時代には、メインストリート沿いに6つの教会があったと言われるが、現在もその場所にあるのはこの教会のみ。これで、観光案内所でもらった地図をもとにした今日のカンタベリーの観光スポット巡りは終了。きっと見逃しているスポットもあるとは思うけれど、それはカンタベリー再訪の時のお楽しみにとっておく。
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