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2020年1月18日 (土)

ロンドン・パリ、ドーヴァー海峡を渡る旅 1日目(5)イースト・ロンドン、トインビーホール、そしてタワーブリッジへ。

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ウエストミンスターからディストリクト・ラインに乗って、アルゲート・イースト駅“Aldgate East”で下車。

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この駅で降りた理由は“Toynbee Hall”に行くことが目的。社会福祉学を学ぶ人だったら、1884年、世界最初のセツルメント運動“Settlement movement”として開設された「トインビーホール」を知らない人はいないはず。

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このあたりのイースト・ロンドン(イースト・エンド)はかつて工業地帯で、工場で単純労働に従事する労働者の街だった。同時に仕事を求めて集まる移民も多い街だった。産業革命後の労働者がどのような生活をしていたのかについては、エンゲルス「イギリスにおける労働者階級の状態」に記されているように、労働者が劣悪な環境で生活していた。イメージとしては、フランスの話になるけれど「レミゼラブル」で、ファンテーヌやコゼットを取り巻く環境をイメージした方がわかりやすいかもしれない。

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セツルメント運動の少し前にCOS(Charity Organization Society)運動が始まる。しかし、貧困に対して「慈善」の視点から「施し」を与えるのでは、貧困の根本的な原因は解決しない。スラム街に住み続けると、経済的貧困、不潔な環境、退廃的な生活が当たり前になってくる。そして、それは世代間伝播することによって、次の子供世代も貧困が続く。「施し」をもらったところで、生活習慣が退廃的であれば、現代の日本で言えば、お金をもらってもパチンコですって終わりである。

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当時のブルジョアジー、すなわち現代で言えばスーパー「ブラック企業」の工場主から労働者は人間として扱われず、交換可能な部品のように扱われていた。労働者が人間らしく生活するためには何が必要か。生まれてきた子供たちが、貧困を引き継がないために何が必要か。人間が文化的な生活を営むには何が必要か。それはスラム街の労働者であっても一人の人間として対等に触れ合うことや、「教育」によって改良できないのか。現代の日本で言えば、手元にお金が残っているときに、競馬場やパチンコ屋に行くのではなく、飲み屋に酒を飲みに行ってしまうのではなく、目の前の快楽を求めるのではなく、計画的に貯金しよう、子供を塾に通わせようという感じかなぁ。

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ただし、当時のロンドン・イーストエンドでは、スーパー「ブラック企業」の工場主によって、人間は単なる「労働力」としてのみ意味があり、交換可能な単なる「部品」であり、個性を持った人間として扱われなかったので、どんなに頑張っても個別的な存在として評価されることはなく、かつ労働時間は長く、病気や怪我をしたら「労働力」として使えないのですぐに解雇されて貧困の穴に落ちてしまう。健康保険も失業保険もないので病気や怪我などの事故があったら、人生は終了。当時の労働者は今よりも人生に絶望して退廃的な生活をしていただろう。

「セツルメント運動」とはスラム街の真ん中に、社会福祉施設を置いてしまう。教育や相談、対等な立場での触れ合いによって、スラム街に住む人たちの生活改善を目指すと同時に、「踊る大捜査線」で言えば「事件は現場で起きている」わけで、スラム街の真ん中に拠点を置き、そこに入り込むことによって、貧困の根本的な原因とは何か、その地域の問題は何かということがわかってくる。「セツルメント」とは私の理解ではそんな感じなんだけど、ものすごく簡単に大きな流れだけを説明したので、社会福祉学の専門家からは怒られてしまうかもしれない。

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周囲が再開発される中で、この建物だけは取り壊されずに残っている。

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トインビーホール周辺を歩いてみる。ロンドン中心部と比較すると建物が低い。

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もちろん、現代では貧民街の雰囲気はないけれど、建物は当時のままなのかなぁ?

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近代的なビルの中に“TOYNBEE HALL”と書かれた事務所を見つける。イギリスでは、ボランタリーセクターが発展していて、高齢者分野では2009年に“Age Concern”と“Help the Aged”が合併した“Age UK”など、街中にNPOの拠点を見かける。

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現在もトインビーホールは組織として継続している。その役割は“Advice”、“Wellbeing”、“Learnig”であり、ウェルビーイングセンターでは、ヨガや太極拳、読書などの活動が行われている。

TOYNBEE HALL
https://www.toynbeehall.org.uk

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アルゲート・イースト駅に戻る。

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ディストリクト・ラインで西に向かうことにする。ロンドン地下鉄は、日本と同じ左側通行なのでわかりやすい。まぁ、イギリスの方式が日本に導入されたということなんだろうけれど。

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パリのメトロに乗るときは、行き先は終点の地名で判断するんだけど、ロンドン地下鉄は東行き、西行きと方角で判断できる。

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たった一駅だけど、タワー・ヒル駅“Tower Hill”で降りてしまう。一駅なので歩こうと思えば歩けたかもしれないなぁ。

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地下鉄の出口を出ると、ロンドン塔“Tower of London”が見える。要塞の中心にあるホワイトタワーはウィリアム征服王“William I”(ギヨーム“Guillaume”)によって建設された建物。

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ロンドンらしい風景を求めて、タワー・ブリッジ“Tower Bridge”へ向かうことにする。

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ロンドン塔は、まさに要塞。日本の城でいう「狭間」、縦にのびた「銃眼」がわかる。

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多数の十字の「銃眼」があり、ロンドン塔は防衛施設である要塞だったことがわかる。15世紀以降は牢獄として利用された。

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タワーブリッジが近づいてきた。

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目の前にタワーブリッジが迫ってくる。だけど、ここからだと橋の全体像が見えないので、階段を降りる。

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テムズ川沿いから見るタワーブリッジ。工事中のビッグベンとは違い、ようやくロンドンらしい風景を自分の目で見ることができた気がする。

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橋の下の通路を歩き、橋の反対側に出る。テムズ川に接してロンドン塔の要塞の城壁が見える。

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曇り空なのが残念。ウエストミンスター寺院の時のように急に晴れたりしないかなぁ?

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テムズ川沿いの遊歩道は多くの観光客で賑わっている。

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この門はロンドン塔観光の出口みたい。いい大人なんだから入場料のことなんて気にする必要はないのかもしれないけれど、当日料金としてドネーション込みで29.5ポンド(日本円換算で4000円以上!)を支払って入場観光するか実は迷っている。

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ここからは要塞の中心にあるホワイト・タワーがよく見える。

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テムズ川を眺めると、巡洋艦ベルファスト号の背後には、2013年に完成し、ヨーロッパで一番高いビルである、レンゾ・ピアノ設計のザ・シャード“The Shard”。

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再び、ロンドン塔を見ると、テムズ川から船で監獄に幽閉される入口であった、裏切り者の門であるトレイターズ・ゲート“Traitor’s Gate”。

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再び、少し離れた位置からタワーブリッジを振り返る。雲が切れてきて、もう少しで青空が見えそうなんだけどなぁ。

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